知っていますか…ヒロシマ・ナガサキの原子爆弾

イヴェント(展覧会・コンサート・映画・講演会など)
08 /09 2015
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ちょっと重い腰をあげて秋山教室に出かけたのでしたが、展示室ではヒロシマ・ナガサキの写真がたくさん展示されていました。
これを見ただけで来た甲斐があったわ、としゃきっとしたのでした。

↑は山端庸介さんの誰もが一度は見たことがある写真。
この写真を撮られた方々は白血病にはならなかったのでしょうか。医師だったottoの父はすぐに長崎に入り、治療にあたりました。どのくらいの期間長崎に滞在していたのか詳しいことは知りませんが、のちに白血病になり、胃癌で”痛い、痛い”と言いながら亡くなったのは私たちが結婚した4か月あとでした。1970年6月でした。
家族には一言も長崎での様子、体験談は話さなかったそうです。

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JCIIフォトサロンでは、来る2015年8月4日(火)から8月30日(日)まで、「知っていますか…ヒロシマ・ナガサキの原子爆弾 被爆から70年」展を開催いたします。

 1945年8月、原子爆弾の投下でヒロシマ・ナガサキは被爆し、一瞬のうちに死傷者が20万人を超え、都市は破壊されました。戦争の悲惨さや平和の大切さは語り継がれていますが、70年の月日が経ち、戦争や原爆の記憶が薄らいできています。

 今回の展示写真は被爆直後から約3カ月間に11名のカメラがとらえた現実です。現存する貴重な写真フィルムからのプリントは、印刷とは違う迫力で悲惨な実相を訴えかけてきます。

 本展示は、主催:公益社団法人日本写真家協会「日本写真保存センター」、一般財団法人日本カメラ財団、後援:中国新聞社、公益財団法人広島平和文化センター平和記念資料館、協力:長崎原爆資料館、朝日新聞社、一般社団法人日本写真著作権協会で開催いたします。

◆展示作品撮影者 ◆ 氏名(ふりがな、生没年、当時の職務)

○ヒロシマ
深田 敏夫(ふかだ としお、1928~2009、崇徳中学徒)、
松重 美人(まつしげ よしと、1913~2005、中国新聞編集局写真部・中国軍管区司令部報道班)
岸田 貢宜(きしだ みつぎ、1916~1988、広島師団司令部写真班)
尾糠 政美(おぬか まさみ、1921~2011、陸軍船舶司令部写真班)
川原 四儀(かわはら よつぎ、1921~1972、陸軍船舶司令部写真班)
宮武 甫(みやたけ はじめ、1914~1985、朝日新聞大阪本社写真部)
佐々木 雄一郎(ささき ゆういちろう、1917~1980、写真家)
菊池 俊吉(きくち しゅんきち、1916~1990、東方社写真部)
林 重男(はやし しげお、1918~2002、東方社写真部)
田子 恒男(たご つねお、1924~1998、東方社写真部助手)

○ナガサキ
山端 庸介(やまはた ようすけ、1917~1966、西部軍司令部報道班)
林 重男(はやし しげお、1918~2002、東方社写真部)


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花と虫とかえるが好きなくたびれた黒猫です。